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2014年2月

2014年2月18日 (火)

マリーナ・コンパラートのこと

ヨーロッパの街には「街の応接間」としてのオペラハウスがあって、実際に出かけると、それこそ色々な演奏家と出会えます。
日本でも超有名で憧れの歌手の出演しているオペラを観るのは感激モノですし、初めて聴いた指揮者や歌手でも、たいへんな共感と感動を覚えることもある。
その両方を味わいたくてイタリアはじめ現地に行くわけです。

数年前にブリュッセルのモネ劇場で「コジ・ファン・トゥッテ」を観た時にデスピーナを歌っていたマリーナ・コンパラートも後者のタイプのひとり。
この人、華があるんですよ。
舞台に登場してきた途端にパッと空気が変わる。これって舞台で大事な要素です。
メゾなのにデスピーナを生き生きと表現できるというのは軽やかな声質だからです。
声質だけじゃありません。
コンパラートのテクニックは卓越しております。細かい音符が連なる部分でも声が流れない。線にならないで、きちんと音符の連なりとして表現できる。
モーツァルトやロッシーニには欠かせない…と言うより、本当のベルカントには不可欠な技量を持っている。それをサラリと歌ってくれるからキュートなケルビーノやロジーナになるのです。

コンパラートの演じるケルビーノはこちら↓

http://www.youtube.com/watch?v=5DJwvBJH5RI

…というわけで、このところケルビーノとロジーナでこの人の人気は高いです。
アバド、メータ、シャイーをはじめ、ミンコフスキ、ガーディナー、C・ルセなどなど大御所から古楽界の雄まで多くのマエストロが彼女を指名して共演しています。
私もブリュッセルの後、ナポリでケルビーノ、トリノとヴェネツィアでロジーナ歌う彼女を観ましたが、いずれも期待を裏切らない出来で素晴らしかった!

コンパラートがM・マリオッティの指揮で歌うロジーナ「今の歌声は」は
こちら↓

http://www.youtube.com/watch?v=hlxFKIROjdc

「こういう華のあるメゾが来日しないかな?…」といつも考えていたものです。

そしたら、来るの。
来月15日の武蔵野市民文化会館での1回だけリサイタルのために来日すると知ったのが去年の11月はじめ。独自の企画で人気の武蔵野市民文化会館だけにあっという間にチケット完売です。
彼女の一八番であるロジーナを歌ってもらって、合わせて「セヴィリアの理髪師」の重唱も聴きたいので、藤原歌劇団のテノール中井亮一さんとバリトン須藤慎吾さん、それにエレクトーンでクラシック演奏したら日本一の渡辺睦樹さんに声掛けて銀座ヤマハホールでコンサートをプロデュースしました。
それが3月18日(火)「マリーナ・コンパラートを迎えて」です。

武蔵野文化事業団さんとの交渉や、彼女のエージェントとの曲目交渉、チラシのデザインと配布、オペラ会場でのチケット販売、当日のコンサート司会もやります。
ホントに「私は街のなんでも屋」状態の私。
でも、いいなぁ!と思うアーティストと一緒のステージでコンサートできるなんて、そうは経験できません。
日本での知名度はまだそれほどでもないのでしょうか。
チケット売り上げは苦戦中ですが、聴いて損はない歌手ですし、当日の声のアンサンブルは世界的にも素晴らしいレベルと自信を持ってお薦めします。

ケルビーノの「恋とはどんなものかしら」も歌ってくれますし、ロジーナのソロやアンサンブル、いやそれ以外にも得意曲を持ってきてくれます。

華のあるコンパラートに実力十分の日本男声陣、そして一人オーケストラ渡辺睦樹の魔術的演奏。

是非たくさんの人に聴いてもらいたいです。
コンサートの詳細はこちら↓
http://p.tl//76nu

お問い合わせ・御予約:オフィスアルシュ 03-3565-6771

メゾソプラノの魅力、ロッシーニの愉悦、どちらもじっくり味わって思い切り楽しめます!
本日18日よりイタリアツアーに出発。
ヴェネツィアではフェニーチェ劇場にて「セヴィリアの理髪師」観てきます。
ロジーナはも・ち・ろ・ん、マリーナ・コンパラート。
来月日本でお迎えする前に、客席から女神を拝んでまいります。

旅行記は帰国後に…。

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2014年2月 7日 (金)

「現代のベートーヴェン」騒動

大騒ぎになっておりますね。
佐村河内氏の作品はゴーストライターが書いたものだった…というニュース。

私が来月司会するコンサートのプログラムにも彼の「作品」があったのですが、急遽差し替えになりました。
本や音楽は、全部自分の作品です!と言えるケースは昔から少ないと言われます。
スポーツ選手や芸能人の著作こそゴーストライターが書いているのが多いのは昔から知られたことですし、音楽は作曲も演奏も実際に分業の中で作品が出来上がる。作曲と編曲っていいますが、その境界と役割はかなりボヤけていて良く分からなかったりするのです。

最初から共同作業です…と公表すれば良かったとは思います。
でも、最初はそんなに売れるとは思わなかったのかな?あるいはハンデを持った作曲者が書いたという特別性を前面に出したかったのかな?
いずれにせよ、いったん動き始めると、本当のことを言い出すタイミングを逸しているうちに周りを巻き込んでドンドン動いていってしまうのでしょうね。

制御がきかなくなる……止めようと思ってもなかなか止められない、「止めよう」と言い出せない状況になっちゃう。新垣さんはずっとそれに耐えてきたけど、とうとう良心の呵責に耐えられなくなったということでしょうか。

ま、それはともかく。
音楽の歴史をふりかえると、人の作品を自分のものとして発表する例はたくさんあったようです。

モーツァルトの「レクイエム」K626もそう。
ウィーンのフランツ・ヴァルゼック・フォン・シュトゥパパ伯爵という貴族が1791年2月に奥さんを亡くしました。この伯爵は音楽愛好家でフルートやチェロを演奏したそうですが、妻の死に際して自作のミサ曲を演奏することを思い立ち、(でも作曲できないから)家来を通じてその仕事をモーツァルトに依頼したと言われています。
ギャラを弾まれたモーツァルトは1791年夏から作曲にとりかかりますが12月5日に死亡。その前日まで作曲作業を続けていました。弟子が補筆して完成し、伯爵は1793年に自らの指揮で「自作」を演奏したそうです。

まぁ、でも伯爵にしたって、こういう例は1回限りですからね。
18年間もずっと他人が「自作」を作曲していたというのもねぇ…?しかも本人はコンサートやテレビに出演してましたから、ますます罪は深いってことでしょうか。

作品や作曲者にドラマを求める時代、とくにクラシックはそんなに売れませんからね、CDもコンサート・チケットも。金の成る木になった佐村河内氏は、永遠にヒーローでなくてはいけない宿命になってしまった。
あ~あ、なんともはや…

でも、かえって新垣さんの人気が増すこともあるのではないでしょうか?
記者会見での質疑応答ぶりには実直さが出ていて、個人的に嫌悪感はない人が多いようです。

「佐村河内守」作だった作品自体は、人の心に訴える力は持っていたわけですから、これからは堂々と新垣作曲で聴く人に問うても良いのじゃないか?…
僕はそう思ったりするのですがね。

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