文化・芸術

2014年7月 4日 (金)

3つの鮮烈なる鑑賞① 「コバケンとハンガリー国立フィル」

気がつくと7月。
先月のザルツブルク紀行から帰ってから、なんだかんだと忙しくブログ更新せぬままに時間が経ってしまいました。でも、その間にも印象に残るコンサートやオペラがありましたね。
特にこの1週間に体感した3演目は忘れられぬもの。
忘れないうちに書いておきます。

まずは6月26日にサントリーホールで聴いた「ハンガリー国立フィルハーモニー管弦楽団」。指揮は桂冠指揮者の小林研一郎さんです。プログラムは、

グリンカ:歌劇「ルスランとリュドミラ」序曲
チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 Op.35
  〃       :交響曲第6番ロ短調 Op。74 「悲愴」

マエストロ・コバケンは1974年のブダペスト国際指揮者コンクールで優勝して今年が40周年。節目の年とあって3月にブダペストでハンガリー国立フィルと9年ぶりの共演で記念コンサートを開催しました。
約30年の間に500回もの共演を重ねたハンガリー国立フィル。深い絆で結ばれたマエストロとオケはしばらくぶりの演奏でも熱狂の渦となったようですが、今回の日本公演でそれを実感できたのは僕にとって音楽体験の宝物の一つと言って良いでしょう。
オーケストラと指揮者が生み出す音楽空間の何と豊穣で感動的な響き!それはもう、すごいものでした。

最初の「ルスラン~」が始まる時、オケが勢ぞろいしてチューニングを終えると、下手の舞台袖からマエストロが弾けるように躍動感あふれる速足で登場。指揮台に立って大きく間をとってタクトが振り下ろされた瞬間から魔法のような響きがオーケストラからあふれ出します。スピードがあってオケ全体が疾走する感のあるこの曲は、コンサートのオープニングとしてよく演奏される曲ではありますが、マエストロとハンガリー国立オケの演奏は「聴く」のと同時に聴衆の心をとりこんで、我々もいつの間にか音楽と一体になっている感覚。
全体の響きに加えソロ楽器や楽器群の音色の浮かび上がりが実に鮮やかで、作品の生命力、その輝きはひたすら素晴らしい!の一言です。

当日のプログラムに中東生さんの書いた解説が掲載されていましたが、その中でマエストロはこんな風に語っている。
「(当日は)普段あまり聴けない、点と線の音楽を是非体験して頂きたい」それは「心と心が触れ合った『点』が、音楽という一本の『線』の上で長く発展していく演奏」なのだそうです。

その夜の響きはまさにそれ!オケのひとりひとりの心とマエストロの心が点となり、線から太いうねりになり、それが聴衆の心をも巻き込んで大河となる…。チャイコフスキーの「悲愴」は最後までその大河がエネルギーをたたえたまま、しかし静かな感動と共に曲が終わりました。
「特に『悲愴』など、指揮者が聴衆の前で振るにはすごい勇気がいるものなんです。何故なら最後に盛り上がらずに終わる楽想だからです。心臓の鼓動がどんどん弱まっていき、最後に息を吐いたまま吸わずに終わるようなエンディングは、それは大変な試練といえます。でもその分、見事にやり通せた時に重厚さが生まれます。~中略~しかしハンガリー国立フィルとの共演では、その表現力故に、先細りになってしまうはずはないと確信しています」

その言葉通り、ピアニッシモなのに何と重厚で濃厚なエンディングだったことでしょう。
そして神々しいとさえ思える圧倒的なスケール、説得力!
小林研一郎という指揮者とハンガリーの歴史と繋がりだからこそ可能な音楽でした。

聴けて良かった。あの響き、あの音楽……。

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2014年6月14日 (土)

ザルツブルク「聖霊降臨音楽祭2014」つづき~「オテッロ」~

「ロッシーニッシモ!」と言うタイトルの2014年の聖霊降臨音楽祭。

今回上演されたもう一つのオペラは「オテッロ」です。
シェークスピア原作の物語でヴェルディのオペラが有名ですね。…というか、オペラで「オテッロ」と言ったらヴェルディの作品のことだと思う人が圧倒的に多いのが現実。

しかしですね、ヴェルディがまだ3歳だった1816年に24歳のロッシーニが発表したオペラ「オテッロ」はヴェルディとはまた違った魅力にあふれています。テノールが4人も出てきますし、オペラ物語史上のワルとして描かれるイヤーゴも、悪人ではありますがヴェルディの「オテッロ」のように主役級の存在感ではなく、あくまで脇役。いや、オテッロ自身も圧倒的主役ではありません。主役はあくまでデズデーモナ。その苦悩にスポットを当てて物語が進行するのがロッシーニの「オテッロ」なのです。
詳しくは日本ロッシーニ協会のHPから、水谷彰良さんの作品解説をご参照ください。
→ http://societarossiniana.jp/

ロッシーニ 「オテッロ (または ヴェネツィアのムーア人)」

指揮:ジャン・クリストフ・スピノジ
演出:モーシュ・ライザー、パトリス・コリエ

オテッロ:ジョン・オズボーン
デズデーモナ:チェチーリア・バルトリ
エルミーオ:ペーター・カールマン
ロドリーゴ:エドガルド・ロッカ
ヤーゴ:バリー・バンクス
エミーリア:リリアナ・リキテアヌ
総督:ニコラ・パミオ

アンサンブル・マテウス、ウィーン国立オペラ座合唱団

その主役のデズデーモナがバルトリでした。
7日は「チェネレントラ」を歌い、8日は「ロッシーニ 大ガラコンサート」に出演して歌い、9日は「オテッロ」の舞台ですよ!音楽祭の監督とは言いながら、これほど精力的に出演しているのに圧倒されてしまいますが、本番の舞台がまた完璧だけにひれ伏すばかりです。
オテッロを歌うのはジョン・オズボーン。ヤーゴはツルツルに頭を剃りあげたバリー・バンクス。デズデーモナに片思いするロドリーゴはエドガルド・ロッカでした。

この舞台ではバルトリの「女優力」みたいなものに圧倒されました。
そりゃあなた、歌を武器にした大女優!オテッロとの密かな愛が成就するかどうかの震えるような喜びを少女のような愛らしさで表現したかと思えば、父にロドリーゴとの結婚を指示されて絶望に落ちる苦悩を伝え、ロドリーゴとオテッロが彼女をめぐって決闘となる場面では身を挺して2人の男に割って入り、しかも過酷な運命に翻弄される哀しさをあふれさせ気を失う。そして自分の真意がオテッロにさえ伝わらない状況に陥り、嫉妬の鬼と化したオテッロに身の潔白を訴えるもかなわず、ついに自ら「私を殺して」と迫ってオテッロによって刺殺されてしまう壮絶なラストシーン…。
高貴な女性の覚悟を全うする物語を見事に演じ歌いきったバルトリこそ、ロッシーニの「オテッロ」を本当に歌える歌手なのを心の底から納得しましたよ。
演じたり、歌うという段階ではなくて、デズデーモナそのものになりきった!…と言っても良いでしょう。その迫真の姿に感激。
歌と演技でここまで表現できるバルトリの凄まじいまでの表現力に会場は総立ちの拍手でした。

テノール陣でも特にオテッロ役のオズボーンとロドリーゴ役のロッカ、ヤーゴのバンクスは実にバランスが取れた陣容でテクニックも声質もアンサンブルの響きも素晴らしかった。
この「オテッロ」は以前ペーザロのロッシーニフェスティバルで見たのですが、その時はオテッロがグレゴリー・クンデでロドリーゴがフローレス。デズデーモナは当時まだデビューしたてのペレチャツッコでした。この時はクンデの豊かにして存在感ある声とフローレスの「神の声」にデズデーモナは影が薄い印象でしたが、やっぱり歌手が変わるとオペラそのものの印象がガラリと変わります。
ロッシーニが創作した当時のナポリ・サンカルロ歌劇場の大歌手イザベッラ・コルブランのためのオペラという事実が、今回は実によく納得できました。

バルトリ…まさに現代のコルブランです!

とにかくこういうオペラは、世界のどこでも体感できるタイプではありません。
わざわざ出かけて行って初めて実感できる代物。
その意味で、本当にザルツブルクまで行って良かった…と、しみじみ思いました。

人間、大人になっての納得は、理屈による納得と感性による納得があるといいますが、今回は圧倒的に感性が震えまくる納得…そして感激。
生きてて良かった~~ってもんです。

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2014年6月13日 (金)

バルトリの「チェネレントラ」~ザルツブルク聖霊降臨音楽祭~

 先週末からザルツブルクに行ってきました。「聖霊降臨音楽祭」が行われていて、音楽監督は、あの驚異のソプラノであるチェチーリア・バルトリ。今年のテーマは「ロッシーニッシモ!」でしてロッシーニ大特集。これは是が非でも行かなくちゃ!というわけで6月7日から9日まで滞在してオペラとコンサート6公演を鑑賞。
めくるめくロッシーニの音楽に酔いました。

フランクフルト経由でザルツブルクに到着したのが6月6日の夜遅く。現地は連日最高気温33度くらいの暑さです。湿気はないものの日射しは強烈。ホテルで自転車を借りて散歩や移動にフル回転。歩くよりははるかにラクでした。

7日は19時から祝祭劇場にある「モーツァルトの家」ホールで「チェネレントラ」へ。
開演30分前に会場に到着すると、周辺は着飾った紳士淑女がシャンパングラス片手に談笑しております。ザルツブルクの音楽祭はいつもセレブがいっぱいですね。貴族的な華やかさが漂います。

2014年6月7日  ロッシーニ「チェネレントラ」 19時開演

指揮:ジャン・クリストフ・スピノジ
演出:ダミアーノ・ミキエレット

アンジェリーナ(チェネレントラ):チェチーリア・バルトリ
ドン・ラミーロ(王子):ジャビエル・カマレナ
ダンディーニ(王子の従者):ニコラ・アライモ
アリドーロ(王子の家庭教師):ウーゴ・ウアリアルド
ドン・マニフィコ(シンデレラの継父):エンツォ・カプアノ

ウィーン国立歌劇場合唱団、 アンサンブル・マテウス(古楽器オケ)

バルトリが歌うチェネレントラを一度生で聴いてみたいと思っていただけに、期待して出かけました。王子役はチューリヒ歌劇場で多くのコンビを組んでいるテノールのジャビエル・カマレナ。最近その輝かしい高音域でベルカント物を得意とし、ヨーロッパ全域で人気が高まっている注目株です。しかも演出のミキエレットは、だいたいオリジナルをひとひねりした舞台を演出する人。おまけにロッシーニのオペラ上演では珍しい古楽器によるオーケストラです。

スピノジの指揮は少々作り込みすぎるきらいがあって、序曲では途中で急にテンポが変化したり舞台の歌手たちの動きとオケをいっしょにしようとして流れが止まってしまうような箇所もありました。あとは古楽器オケゆえにダイナミックスがどうしても足りなく感じてしまう。
これがもう少し小規模な劇場なら良しとしますが、いかんせん迫力不足に感じてしまうのは今迄古楽器オケのロッシーニなど生で聴いたことがなかったせいでしょうか…。

バルトリとカマレナはさすがの歌唱でした。
ミキエレットの演出は、シンデレラの家は現代の街のバールになっていて、そこのオーナーがドン・マニフィコ。義姉2人は父が居眠りしているすきにレジから現金をくすねるような馬鹿娘として描かれていて、アンジェリーナはそのカフェでゴム手袋にモップ片手にこき使われているという設定。
アリドーロは最初から天使のような役回りで、天上からカバンと共に地上に降り立ち、シンデレラにあれこれと幸運をもたらしたり手助けしながら状況を見守っています。
ディズニー映画での「シンデレラ」における魔法使いのお婆さん的な描かれ方でした。
王子の花嫁募集がカフェのテレビにニュースとして流れて、ダンディーニと王子が身分を入れ替えてカフェにやって来て物語が進む…というわけです。

最後のアンジェリーナの大アリア「哀しみと涙のうちに生まれて」のところでアンジェリーナが居合わせた皆に結婚の引き出物のようなプレゼントを渡すのですが、アリアを歌い始めるとそこから掃除用のゴム手袋がでてきて、天上から掃除用のバケツがたくさんぶら下がってくる。王子が洗剤をまきながらドン・マニフィコや義姉たちが、以前アンジェリーナがやっていたように掃除を始める…というなりゆきに客席は大ウケ。「私の復讐は赦すことなのです」なんて歌いながらちゃっかり復讐を遂げる現代娘のアンジェリーナなのでした。

それにしてもバルトリの歌唱にあらためて驚愕。
超絶技巧の装飾音がひとつひとつ粒のように、しかも美しく音楽となって響いてくる。それをソットヴォーチェでも自由自在に歌いこなすんですから!
舞台から6列目の席で鑑賞しましたが、そのくらい近くで聴くと彼女の息遣いと共に空気が揺れるのを実感できます。素晴らしいアジリタでは細かく飛んでくる響きのシャワーを浴びているような感覚でした。もう本当に「凄い!!」としか言いようがない。
いっぽうカマレナの声は、若いだけにとにかくドカーンと突き刺さるような輝かしさに満ちています。洗練とかスマートさはさておき、今の彼しか出せない声なのは確かです。同じテノールでもシラグーザのような甘さと滑らかさは対極の、強さと勢いで聴く者をねじ伏せる感じかな。これからどういう風に熟していくのかも楽しみです。

「チェンレントラ」は台本も音楽もとても良くできたオペラなので、これまであまり奇抜な演出にはお目にかかりませんでしたが、今回のミキエレットのニュープロダクションにはニヤリとさせられました。
ロッシーニアンとしては大満足の聖霊降臨音楽祭最初のオペラでした。

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2014年5月27日 (火)

METライブビューイング「コジ・ファン・トゥッテ」

気がつけば、だんだんシーズンも残り少なくなってきました。今シーズンの日本のポスターの表紙にもなっている「コジ・ファン・トゥッテ」を見てきました。

METライブビューイング2013~2014
2014年4月26日上演
モーツァルト「コジ・ファン・トゥッテ」

 

指揮:ジェイムズ・レヴァイン
演出:レスリー・ケーニヒ

 

フィオルディリージ:スザンナ・フィリップス
ドラベッラ:イザベル・レイナード
フェルランド:マシュー・ポレンザーニ
グリエルモ:ロディオン・ポゾコフ
デスピーナ:ダニエル・ドゥ・ニース
ドン・アルフォンソ:マウリツィオ・ムラーロ

 

メトロポリタン歌劇場管弦楽団・合唱団

METの芸術監督であるJ・レヴァインが今シーズンから復帰。ピットに姿を現すと、温かく熱い拍手が沸き起こり「我らがレヴァイン!お帰りなさい」といった空気にあふれていました。
2年に渡る休養中は再起を危ぶむ声も聞こえましたが、車いすに乗っての指揮ながら活力と精気みなぎる音楽は健在でした。
序曲の時などレヴァインの顔のアップがたくさん入って、今回の上演が「レヴァイン復活祭」みたいな感じです。特に「コジ・ファン・トゥッテ」は彼が最も愛する作品とのことで、キャストもMETの看板がズラリ。

姉妹を歌うS・フィリップスもI・レナードもアメリカ出身でジュリアード卒。看板テノールのポレンザーニにロシア人ながらMETで13年近くキャリアを積んでいるポゾコフ。18歳の時からMETのヤングアーティストプログラムに参加してレヴァインの薫陶を受けているD・ニース。公演だけでなく「育てる」劇場としてのMETが生んだ花のある歌手が勢ぞろいですね。
フィオルディリージを歌うフィリップスと妹のドラベッラのレナードは風貌はどうしても姉と妹が逆じゃないかと思いましたが(笑)、まぁ良しとしましょう。
レナードの品格ある美しさは格別で、聴き惚れ、見惚れてしまった。大人の夢空間「オペラ」にはこういう歌手がいないとね。フィリップスは歌は確かに上手ですが、個人的好みから言うともうちょっと成熟した声になって歌うフィオルディリージが聴いてみたいです。
D・ニースは顔や身体がずいぶんと引き締まった感じになりまして、相変わらず演技も上手い。存在感あるデスピーナでした。ホントにこの人女優だわね。ライブビューイングに最適と言うか、アップで映る表情の実に豊かなこと!魅せてくれます。

アンサンブル・オペラの本作品ですがレヴァインの手にかかると、本当にそのアンサンブルも最高。1幕の長いフィナーレなど片時も間延びせず、各歌手の持ち味を最大に生かしながら絶妙なるモーツァルトの響き!幸せだなぁ…。

96年初演のレスリー・ケーニヒの演出はオーソドックス路線で、本作を見なれた人には物足りないかもしれませんが、場面転換がスピーディで音楽の流れを止めたり壊さないから、その部分は素晴らしいです。
読み替えや問題提起がない分、終演後にあの2組のカップルはこれからどうなるのか?…と真面目に考えさせられてしまい、まぁこのあたりが「コジ~」の毎回楽しいところです。

人を好きになる心のベクトルが思い通りにいかなくなるのは「女はみんなこうしたもの」だけでなく、男だって一緒。そのテーマは永遠なのです。
亡くなった渡辺淳一さんが書いてましたが、愛において人間は全然進歩していない。愛は親から子にも引き継げない。一代限りの代物。
このオペラは、まさに人間にとって人を好きになることのテーマを問いかけてくれる傑作だと思ってます。

さてMETライブビューイングも、来週はいよいよロッシーニの「チェネレントラ」。
フローレス&ディドナートの共演。
私、それを見てからザルツブルクの聖霊降臨音楽祭に行って、実際にフローレスやディドナート聴くんですから、もうワクワクです。

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2014年5月25日 (日)

新国立劇場「カヴァレリア~」&「道化師」

 

久しぶりに新国立劇場へ出かけました。指揮者・オケ・演出・歌手。この4つがそろって完成する感激を味わいました。

新国立劇場公演
マスカーニ「カヴァレリア・ルスティカーナ」&レオンカヴァッロ「道化師」

 

指揮:レナート・パルンボ
演出:ジルベール・デフロ

 

新国立劇場合唱団 TOKYO FM少年合唱団
東京フィルハーモニー交響楽団

 

<カヴァレリア・ルスティカーナ>
サントゥッツァ:ルクレシア・ガルシア
ローラ:谷口睦美
トゥリドゥ:ヴァルテル・フラッカーロ
アルフィオ:成田博之
ルチア:森山京子

 

<道化師>
カニオ:グスターヴォ・ポルタ
ネッダ:ラケーレ・スターニシ
トニオ:ヴィットリオ・ヴィテッリ
ペッペ:吉田浩之
シルヴィオ:与那城敬

いわゆるヴェリズモ(真実主義)・オペラの代表作。社会人を生徒としたオペラ講座でこの公演を採りあげて、実際に観に行くこともあって、事前に舞台を見に行きました。
フランドル出身のデフロが新国立劇場に初登場で新演出というのも興味のわくところでした。

まずは「カヴァレリア・ルスティカーナ」。幕が開くと、そこはシチリアの村の古代ローマ円形劇場の遺跡です。丘に囲まれているのでしょう。市も手には大きなオリーブの老木が1本生えていてルチアの営む居酒屋の入り口になっている。
このオペラは復活祭の日が舞台なので、磔刑の十字架やキリスト像、マリア像が村人によって担がれてる場面も登場し、なかなか見ごたえがありました。ただし建物や教会はありません。デフロは古代アレーナを舞台にすることで「観客を舞台上に映す鏡」と意図したと語っています。古代ローマ時代にはアレーナで人間同士の剣による闘技、あるいは人間対動物の闘技(どちらにしろ命が生贄として捧げられるイベントでしょうね)が行われていて、デフロによればこのオペラのアレーナでの生贄的存在がトゥリッドゥであり、ネッダというわけです。

ほんとうに古代アレーナで芝居を見ている気分になる演出でした。「道化師」では冒頭に旅回りの一座が客席から芝居のビラまきしながら登場する仕掛けもあって、そのあたりの雰囲気作りは面白かったです。

デフロは最近流行の「読み替え」演出とは一線を画す演出家です。
「ヴェリズモのオペラは特に演劇と音楽の融合が重要です。ベルカント・オペラのように静止した舞台で歌の芸術を聴く、というタイプの作品とは演出方法も違います。演技は音楽的で、音楽は演劇的でなくてはならない。そこに演劇上の一致が生まれる。それが≪芸術≫です。(中略) 演出家は作品が作られた状況をふまえ、解決案を編み出さなければならない。現代に物語を移すのも殆どの場合は無理がある。だから演出の仕事というのは複雑なのです。作品が上演されるのは現代です。しかしこれらの作品が書かれたのは今ではないのです。私は現代のテクノロジーは利用するべきだと思っています。だが物語を破壊するのはいけない。真の作者は作曲家なのです。
私たちは再現芸術をする立場です。音楽を殺してはいけません」
(公演プログラムより)

単なる懐古趣味ではなく、作品に対する深い洞察と背景の分析を身上とするタイプですね。

指揮のパルンボはヴェリズモ・オペラの傑作を、まさに演劇的音楽に仕上げていました。
舞台上の歌手の動きとオーケストラの音楽が、動的にも感情的にもピッタリ重なって展開してゆきます。もちろん感情的に高ぶる部分や聴かせどころの盛り上げもツボを心得ていて、しかもそれが本当に自然な形なので気持ち良い。オケに感動というというよりオペラ全体に心から感激できる音楽でした。

歌手ではトゥリッドゥのフラッカーロとカニオのポルタの両テノールが聴かせてくれました。
嫉妬と復讐がテーマの演目で、哀しい男の心情や感情の高ぶりを見事に表現。強い声のテノールではありますが、むしろ弱音の表現力というのでしょうか、声のレンジの幅が格段に豊かなのが印象的。ヴェリズモ…真実とはそういう表現能力なのかもしれません。
それとトニオ役のヴィットリオ・ヴィッテリが存在感ありましたね。開幕の口上とネッダへの欲望の表現、劇中劇での滑稽役、そしてエンディングの「喜劇は終わりました!」…。すべての場面で舞台を引き締めて盛り上げてました。

女声ではサントゥッツァを歌ったルクレシア・ガルシアとネッダのラケーレ・スターニシも良かった。ベネズエラ出身のガルシアは体型まんまるのコロンコロン体型でしたが、なんだか薄幸のサントゥッツァが実に理解できるんですよ。その声の強さと伸びが己の叫びと一体化していてリアルだったなぁ。
一方のネッダ役のスターニシは、イタリア人らしいソプラノで声そのものに艶がある。後半の劇中劇でコロンビーナを演じるのですが、その所作もイタリアの伝統仮面喜劇コンメディア・デッラルテの雰囲気を十分に伝えるもので、そこから結末の惨劇に至るプロセスは歌も演技も素晴らしかったです。

日本人歌手も粒ぞろいでローラの谷口睦美、アルフィオの成田博之、ルチアの森山京子、ペッペの吉田浩之、シルヴィオの与那城敬、いずれもハマっていました。特にシルヴィオの与那城さんは声も演技も艶気があって、この物語のキーパーソンとしての存在感バッチリ。素敵でした。

「道化師」のエンディングはカニオの迫真の演技と歌で大興奮。
「カヴァレリア~」も「道化師」も合唱が本当に素晴らしくて感動しました。
間奏曲や「衣装をつけろ」のアリアがよく知られる作品ですが、やっぱりトータルで味わってこその価値をしみじみ思いました。

拍手~~~!

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2014年4月28日 (月)

ジャルスキーのコンサート

フランス人カウンター・テナーのフィリップ・ジャルスキーとヴェニス・バロック・オーケストラの演奏会に行きました。私の大好きなバロック。当時のオペラの華だったカストラートが現代に甦った歌…フィリップ・ジャルスキーの芸に酔いました。

フィリップ・ジャルスキー&ヴェニス・バロック・オーケストラ
2014年4月25日 東京オペラシティ コンサートホール タケミツメモリアル

 

ポルポラ:歌劇『ジェルマーニコ』序曲
  〃  :歌劇『アリアンナとテーゼオ』より「天をごらんなさい」
  〃  :歌劇『身分の知られたセミラーミデ』より「これほど憐れみ深く貴方の唇が」
ヘンデル:<12の合奏協奏曲>第4番 Op.6-4 HWV322
  〃  :歌劇『アルチーナ』より「甘い情愛がわたしを誘う」
  〃  :     〃     より「いるのはヒルカニアの」

 

ヘンデル:歌劇『オレステ』より「凄まじい嵐にかき乱されながら」
  〃  :歌劇『アリオダンテ』より「戯れるがよい、不実な女め」
  〃  :<12の合奏協奏曲>第1番 Op.6-1 HWV319
ポルポラ:歌劇『ポリフェーモ』より「いと高きジョーヴェさま」
  〃  :     〃      より「愛しの人を待つあいだ」

 

アンコール
ヘンデル:「涙のながれるままに」
  〃  :「オンブラ マイフ」

いまやカウンターテナー界の貴公子にして実力・人気とも群を抜くジャルスキーが来日。
今回のプログラムは18世紀前半のロンドンで人気を二分したヘンデルとポルポラのオペラから、カストラートのテクニックと表現力を駆使したアリアを選んで、ジャルスキーが歌いまくるプログラム。その当時ライバルとして火花を散らした両作曲家が歴史に残るカストラート、ファリネッリ(ポルポラ)とカレスティーニ(ヘンデル)のために書いた楽曲の数々です。

会場は女性の姿が目につきます。
アジアツアーで北京公演を終えて来日したジャルスキーはタキシード姿でさっそうと登場。
スマートな体型に甘いマスク。女性に人気なのも納得です。
しかし歌い出すとその声がまた素晴らしい!カウンターテナーとは言いながら、その声はコントラルト並みに高い音域を自在に駆け巡り、全音域にムラがありません。声の輪郭が常にクッキリとしていてアジリタも俊敏そのもの。音程のブレもない。アップテンポの上昇下降音型ではきらめくような音符が連なり、しかもフレーズの取り方が実に上手い。ゆったりした情感を描く歌では、一つの音を弱音~最強音~再弱音…と伸ばすメッサ・ディ・ヴォーチェの美しさにゾクゾクしてしまう。いやはや凄い歌手です。

音の高低だけでなく奥行きや強弱、ひとつひとつの音符の粒や長さまで完璧にコントロールして歌いあげているのに、ただただ驚かされます。

バロックオペラのアリアの多くはダ・カーポ形式ですから、曲の第1節が繰り返されるわけですが、この時のヴァリアンテ(装飾的変更)も見事!適度な意外性と様式美が卓越した声で奏でられるときの心地良さは格別ですね。

プログラム前半の締めくくりだったヘンデル『アルチーナ』から「いるのはヒルカニアの」はとても有名な曲で、ホルンを伴ったオケの音楽と共に展開する華麗なアレグロのアリア。
僕も大好きな曲です。グイグイ人の心を持っていってしまうヘンデルの推進力が冴えるアリアは、それこそカストラートの超絶技巧が散りばめられております。
1曲歌いきるのはさぞや大変だと想像するのですが、ジャルスキーはダ・カーポで第1節に戻ってからがまだ凄い。長いフレーズにヴァリアンテを施して、おまけに最後にホルンと会話するように掛けあって微笑みすら浮かべて歌い終わる。
いやぁ、もう大興奮。やんやの喝采。ヘンデルの時代にカレスティーニが歌ったのはまさにこんな感じだったのか…!?

プログラムが進むにつれてジャルスキーの変幻自在の歌声に客席がどんどん熱くなっていきました。
バロック時代のカストラートはオペラの華であり大スターでしたが、失神者も出たという当時の劇場の空気の片鱗を感じた気がしました。やっぱり男声の高音による超絶技巧と甘い情感は特別だなぁ。同じイタリア・オペラでもヴェルディやプッチーニには決して無い要素。人間の声の芸術をあらためて実感しました。

ヴェニス・バロオク・オーケストラも「イタリア」の要素を随所に感じさせてくれる演奏。
田園を吹き抜けるそよ風のように優しく、夏の午後のつむじ風のようにハッとさせるアクセント、嵐のように情熱的な響きがあったかと思えばルネサンスの庭に咲き誇るバラのように甘い香りの弦のハーモニーもある…。
ジャルスキーとの公演も多いだけに、お互いの呼吸はぴったりで、これがまたアリアの完成度を高めております。

ヘンデルとポルポラのライバル関係の中で生み出された楽曲を、素晴らしい歌手が縦横無尽に歌うというプログラム構成の妙もあって満足度大。
こういう歌手は何十年に一人って感じでしょう。
それを生で聴ける喜び…。

仕事で本来は行けない予定だったのが、急遽時間が空いて当日券買いで行ったコンサート。大当たりでした!

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2014年4月 8日 (火)

METライブビューイング「イーゴリ公」

久々にMETライブビューイングに行ってきました。音楽は有名だけどなかなか舞台は見る機会がないボロディンの「イーゴリ公」。さすがMETならではの豪華なエンタテインメントでした。

METライブビューイング2013~14 第6作
ボロディン「イーゴリ公」 2014年3月1日上演

 

指揮:ジャナンドレア・ノセダ
演出:ディミトリ・チェルニアコフ

 

イーゴリ公:イルダール・アブドラザコフ
ヤロスラーブナ(イーゴリの妻):オクサナ・ディーカ
ウラジミール(イーゴリの息子):セルゲイ・セミシュクール
ガリツキー(イーゴリの義弟):ミハイル・ペトレンコ
コンチャーコヴナ(ウラジミールの恋人):アニータ・ラチヴェリシュヴィリ
コンチャーク汗:ステファン・コツアン

 

メトロポリタン歌劇場管弦楽団・合唱団

 

このオペラを書いたボロディンは作品を完成させずに急死しました。書きためてあったスケッチをもとにリムスキー・コルサコフとグラズノフが共同でまとめあげたものが上演されてきましたが、今回は演出のチェルニアコフが独自に物語を再構成して演出も担当しています。一番のポイントは英雄としてのイーゴリ公ではなく、見る者が共感できる人間としてのイーゴリ公に描く意図が明確なこと。音楽が始まる前から幕にイーゴリの大写しになった顔が様々な表情で映写されます。

各幕の構成も大幅に変わっていて、プロローグの出征の場面に続いて、従来第2幕だった捕虜になったイーゴリ公、ウラジミールとコンチャーコヴナの恋、コンチャーク汗とイーゴリのやりとり、ポロヴェツ人の踊りが描かれます。出征の場面のあとに幕画面に戦いに敗れたイーゴリ公と軍勢の運命がシンボライズされた映像が流れて、その後に出現する舞台が衝撃的に美しい!
なんと12000本以上の真っ赤なポピーが咲く花畑で物語が進むのです。
まさにファンタジーの世界。意表を突く演出。チェルニアコフは「ポロヴェツ人のこの場面は理想郷のような世界を作りたかった」と言っていました。対照的にロシアの場面は正統的な現実の20世紀前半のような衣装とセットで進行します。この対比が実に効果的でした。

戦いに敗れ捕虜の身になったイーゴリの悩みと苦しみの幻影の結果として、花畑の中には故郷に残した妻ヤロスラーヴナも登場してきますし、同じ場面でコンチャーク汗との2ショットのやり取りもあれば、有名な「ポロヴェッツ人の踊り」も展開。花畑の中には通路がたくさんあって、そこで多くの若い男女によるダンスが繰り広げられます。この美的センスには驚かされました。さっすがニューヨークだな。

そのあと第2幕はイーゴリ公の留守を守る公国で義弟のガリツキーが乱行を繰り広げ公の地位をうかがおうという不穏な動きとヤロスラーヴナと女たちの苦しみが描かれ、最後は敵が攻めてきてガリツキーが死ぬまでが描かれます。これは従来だと第1幕になっていた部分。第3幕は従来の第3幕と4幕を合わせた構成になっていましたが、イーゴリ公の妻やロシア人たちの描写が主になっていて、ロシアを攻めたポロヴェッツ軍の凱旋やイーゴリのの逃亡を知ったコンチャーク汗がウラジミールとコンチャーコヴァを結婚させてロシアに進軍する場面はカットされています。イーゴリ公が馬に乗って帰ってくるのでなく、ひとり彷徨って荒廃した故郷に戻り、最後はみずから故国の復興にむかって動き出す…ような暗示で幕となりました。

要するにボロディンが未完成で終わったがゆえに物語として一貫性が薄くなったり、イーゴリ公の存在を忘れてしまう弱さを積極的に補って再構築しているのです。
もともとが未完成ですからね。こういう努力もアリですよね。METくらい労力を贅沢に費やせる劇場だからこその面白さでしょう。
以前、従来の構成でこのオペラ観たときは、「なぜタイトルがイーゴリ公なのか、よく分からん」と思いましたものね。イーゴリ公が恋の主人公でもなく、物語の主人公でもない印象が強くて???だった思い出があります。
それを思うと、今回のMET版「イーゴリ公」は確かにストーリーに一貫した流れが感じられるし、イーゴリ公の内面に焦点をあてた物語になっていました。
「こういう手があったか!」と思わせる内容。単なる読み替えとも違うし、小手先のアイデアとも違います。
METのゲルプ総裁が約100年ぶりにこのオペラを上演しようと決めたのですが、やるからには観客に納得してもらえる内容を作るという気概を十分に感じましたね。

歌手陣もみなロシア語が母国語の人達で、歌唱力も大したもの。
アブドラザコフのイーゴリ公とコツアンのコンチャーク汗の二重唱の低音2人の二重唱の聴きごたえあること!惚れ惚れする男っぽさが声に香っておりまする。重量級男声歌手の共演にメッゾのラチヴェリシュヴィリの迫力ある声、ソプラノのディーカも全幕出ずっぱりなのに感情と歌唱をひとつにした声の素晴らしさ、輝かしさは一瞬たりとも陰らず、見事な歌いっぷり。
イタリア・オペラとは全然違う、大きくて重量大で広大な世界ではありますが、ロシア・オペラの特別な魅力をあらためて感じましたよ。
それがMETの規模とエンタテインメント哲学で実現したところが凄い。ロシア本国でもこれだけの「イーゴリ公」はかつてなかったものと思います。

今、政治の世界では対立しているアメリカとロシアですが、METの「イーゴリ公」観れば両者が協力すれば最高のものが出来上がるのが良く分かる例でしょう。

休憩中、ふとそんなことも考えながら4時間15分はあっという間に過ぎたのでした。

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2014年3月17日 (月)

コンパラート来日!

メゾソプラノのマリーナ・コンパラートが来日しました。15日の土曜日は三鷹でリサイタル。本来はこの1回だけのリサイタルのために来日する予定だったのを、私が聞きつけて18日の銀座ヤマハホールでのコンサートをプロデュースしただけに、私自身も楽しみに聞きに行きました。やっぱり彼女の歌声、素晴らしかったです!!

マリーナ・コンパラート メゾソプラノ・リサイタル
2014年3月15日(土)19時開演 武蔵野市民文化会館 小ホール ピアノ:斎藤雅広

モーツァルト
「汝をあがめるものの望みとして」K577(歌劇「フィガロの結婚」より)
「ルイーゼが不実な恋人の手紙を焼いた時」K520
「自分で自分が分からない」(歌劇「フィガロの結婚」より)
「クローエに」K524
「どうしてあなたのことを忘れられようか」K505

 

ドニゼッティ
「幸せでいるための秘訣」(歌劇「ルクレツィア・ボルジア」より)
ロッシーニ
「むごい運命よ」(歌劇「アルジェのイタリア女」より)
「黙って嘆こう」(作品集「老いの過ち」より)
「今の歌声は」(歌劇「セヴィリアの理髪師」より)

アンコール
「セギディーリャ」(歌劇「カルメン」より)
「あなたの声に私の心は開く」(歌劇「サムソンとデリラ」より)
「恋とはどんなものかしら」(歌劇「フィガロの結婚」より)

私、何と最前列で聴いたのですが、彼女の歌の素晴らしさに圧倒されました。
CDやDVDだと軽やかなメゾと言うイメージが強い彼女。しかしながら軽やか一辺倒ではない力強さに満ちた表現も堪能できました。アジリタの確かさと巧みさ。ソットヴォーチェでもフォルテでも決して不安定にならない音程。洗練されたヴァリアンテのセンス。どれをとっても一級品です。ロッシーニのメゾというとバルチェッローナやピッツォラートという名人が浮かびますけれど、その両者ともまた違うタイプ。目の前の舞台から繰り出される圧倒的な声の説得力に酔いしれました。
終演後も30分以上かけて丁寧なサイン会を開催。疲れを感じさせない対応にもビックリしました。

さて日曜日からは私のコンサートの日程となり、まずはホテル移動。これまで宿泊のホテル・ロビーに迎えに行くとそれはそれは大きな旅行カバンが2つとドレス、ショルダーバッグを持ってコンパラートさんが姿を現しました。聞けば、先月のヴェネツィアでの「セヴィリアの理髪師」公演のために2月の初めにヴェネツィア入りし、その公演終了後に直接日本に来たとのこと。彼女はフィレンツェ在住ですから、もう1カ月以上旅に出ているわけです。タフですね。

銀座の鳩居堂で和紙のノートや筆ペンを購入、つづいて博品館でポケモンのキャラクターグッズや面白便利グッズを購入、歩行者天国の銀座の写真を撮りまくり、ヤマハホールを下見し、歌舞伎座に感激し近所の手ぬぐい&浴衣屋で明日の来訪を約束し、そのあと地下鉄を乗り継いで目黒でリハーサルでした。これがまた凄い。最初はさすがに少々お疲れかな?と思えたのですが、歌い始めるとバリバリの本番モード。歌い進むにつれてますます元気が出てくるようで、共演のテノール中井亮一さんやバリトン須藤慎吾と演技をしながら舞台の構想がどんどん膨らんでいくのです。もう根っからのオペラ人ですね。身体の中からどんどん歌のアイデアや所作の工夫が湧いてくる。そのエネルギーたるや凄まじいものです。それにまた圧倒されました。18日のステージがますます楽しみです。本当に楽しみ。練習の時にこんなに感激させてくれる歌手も珍しい!

この日のリハが終わって「それじゃ、食事でも御一緒しましょうか。何が食べたいですか?」と問えば、間髪を入れず答えたのが「SUSHI!」。そう。コンパラートさんは和食大好き。とりわけ寿司がお気に入りなのでした。そこで海鮮居酒屋へご案内したところ、刺身は全てOK。カニミソが気に入り、ワサビも大好き。焼き魚やアナゴもどんどん召し上がり、寿司のガリもお気に召したようです。握り鮨のなかでとりわけお気に召したのがイクラの軍艦巻き。一人で数個召し上がっておりました。う~~ん!こりゃ日本人以上に和食好き…と中井、須藤両氏と共にまたまた感動したのでした。

月曜日はコンサート前日リハをやります。単なる演奏会形式の「セヴィリアの理髪師」ではない、面白い素敵な舞台になるはず。皆さん、18日火曜日は銀座ヤマハホールでの「マリーナ・コンパラートを迎えて」をぜひ聴きに来てください。

コンサート詳細はこちら⇒ http://p.tl//76nu

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2014年3月 9日 (日)

2014年 ロッシーニ・オペラ・フェスティバル

今年はやけに発表が遅かった8月のロッシーニ・オペラ・フェスティバルのキャストがようやく発表されました。今年は8月10日(日)から22日(金)までの日程。主要3演目のオペラは「アルミーダ」「セヴィリアの理髪師」「パルミーラのアウレリアーノ」です。

まず「アルミーダ」。8月10日・13日・16日・19日の4公演。指揮は当初予定されていたロベルド・アバドからカルロ・リッツィに変更になりました。演出はルカ・ロンコーニ。オーケストラはボローニャ歌劇場管弦楽団です。歌手陣はCarmen Romeu, D・Korchak、C・Lepore, A・Siragusaが発表されています。ロメウはおととしの「バビロニアのチーロ」にも出演していたスペイン人ソプラノ。あと男3人はROFの常連さんですよね。テノールが5人も出てくるオペラですが後のテノール3人は誰なんでしょう?

つづいて「セヴィリアの理髪師」。これは完全なオペラとしてではなくちょっとコンサート形式のような上演になるみたいです。指揮はG・Sagripanti。8月11・14・17・20日の4回公演で会場はテアトロ・ロッシーニです。ロジーナを歌うのがChiara Amaru。ころんころんの体型が愛らしいメゾですね。この人のロジーナはヴェネツィアのフェニーチェ劇場で去年観ました。歌唱力は素晴らしいです。バルトロはROFの常連Paolo Bordogna。ドン・バジリオはA・Espositoですよ!伯爵はアルゼンチン出身のJ・F・Gatell。そしてフィガロはまだ26歳のフランス人バリトンF・Sempeyです。去年パリのシャンゼリゼ劇場でアルベルト・ゼッダ指揮でフィガロを歌っているのがU-Tubeで聴けます。柔らかな声が印象的な若手です。ベテランと若手の組み合わせに興味がわくキャストですね。

そして「パルミーラのアウレリアーノ」。8月12・15・18・22日にテアトロ・ロッシーニて上演されます。指揮はW・Crutchfield。演出はM・マルトーネ。オケはオーケストラ・シンフォニカ・ロッシーニ。ソプラノのジェシカ・プラットとテノールのマイケル・スパイレスは「バビロニアのチーロ」で喝采を浴びたコンビですが、今回注目はアルサーチェを歌うLena Belkinaでしょうね。今ニュースで連日報じられているウクライナ人のメッゾ。キエフとライプツィヒの音楽学校に学び、2011年にウィーンのオペラ座に「魔笛」の第2の侍女でデビュー。日本でも去年の新国立劇場「フィガロの結婚」でケルビーノを歌っています。今年は4月にボローニャで「エフゲニー・オネーギン」のオルガ、そのあとウィーンでモーツァルトとマスネのリサイタルを歌い、8月のROFのあとは9月にバルセロナでケルビーノを歌予定だそうです。写真を見る限り、舞台映えのする美人さんです。さてさてどんなROFの舞台になりますか…?!

このベルキーナ都ロメウが8月17日にジョイントコンサートを歌いますし、18日にはガテルのリサイタル、20日には「バビロニアのチーロ」で物凄い歌力を発揮したポドレスのオケ付きのリサイタルもあります。そのほか恒例の若者公演「ランスへの旅」は8月13・16日。アルベルト・ゼッダROF芸術監督の指揮による「小ミサソレムニス」が21日に予定されています。

いよいよホテルや航空チケットの予約に入らなくちゃ。
今年は13日から各公演2回ずつ観る方向で旅程組もうかな?…
皆さんはどうします?

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2014年1月27日 (月)

新国立劇場の「カルメン」

久々に新国立劇場へ。

新国立劇場公演 ビゼー「カルメン」 2014年1月26日 14時開演

指揮:アイナルス・ルビキス
演出:鵜山仁

カルメン:ケテワン・ケモクリーゼ
ドン・ホセ:ガストン・リベロ
エスカミーリョ:ドミトリー・ウリアノフ
ミカエラ:浜田理恵
スニガ:妻屋秀和
モラレス:桝貴志
ダンカイロ:谷友博
レメンダード:大野光彦
フラスキータ:平井香織
メルセデス:清水香澄

新国立劇場バレエ団
TOKYO FM少年合唱団
新国立劇場合唱団

東京交響楽団

「カルメン」の日曜午後公演とあって満員のお客様。昨年の「アイーダ」以来の満員御礼だそうです。やっぱり劇場が満員って気持ち良いものですね。
今回の舞台は2007年初演の再々演。オーソドックスな演出で衣装も綺麗。そのあたりも人気なんでしょう。

おなじみの前奏曲が流れ始めてビックリ。なんとも小気味よくて素晴らしい。闘牛場の賑やかさとセヴィリャの空気までもが鮮やかに表現されている!指揮のルビキスはラトヴィア出身のまだ34歳。若手ならではの溌溂さが音楽に精気をみなぎらせます。
その音楽は最後まで瑞々しさを失わず、オペラをけん引していました。
この指揮者の音楽を聴けただけでも行った甲斐があるというものでしたよ。

カルメン役のケモクリーゼはグルジアのトビリシ生まれのメゾ。スカラ座のアカデミアで学びモーツァルトやロッシーニを得意としてきた人です。
これが本人にとって「カルメン」のロールデビューだそうです。
目鼻立ちのはっきりした美人さんですが、いかんせん声は軽い。ケルビーノ・デスピーナ・ロジーナ歌いとしてやってきたんですから、舞台の上では声の軽さとやや小柄な身体もあって、どうしてもデスピーナかロジーナのように思えてしまう箇所もいくつかありました。
それでも登場のシーンはじめ大事なところでは頑張って低音の強さを出そうとしてましたが、カルメンがちゃんと持ち役として評価されるにはもう少し時間がかかるかもしれません。

でも演技ではかなり色々自分で考えていたようで、足をあらわにした官能的な仕草なども連発。自分なりのカルメン像を表現しようという熱意は十分感じられました。

女性陣ではミカエラ役の浜田さんが安定した歌いっぷり。フランス語もさすがに美しく、理想的なミカエラ像を楽しみました。

ホセを歌ったガストン・リベロは新国立劇場初登場。ウルグアイ系アメリカ人テノールでどんな声かと興味津々でしたが、嫌いなタイプではありません。カルメンとのバランスも悪くなかった気がします。エスカミーリョのウリアノフは名前からお分かりのようにロシアのバス。パワーはありますが艶気がちょいと足りない…。力づくでカルメンをモノにする男って感じかな。

ところで「カルメン」はメリメの原作とオペラではだいぶ変化している部分があります。
闘牛士のエスカミーリョは原作では名前しか出てこないし、ミカエラに至っては原作には全く出てきません。2人ともオペラの台本で存在感を発揮しているのです。
この2人がいるから恋物語としての「カルメン」は濃厚な物語になるのですね。
許嫁のミカエラと全く対照的な性格のカルメン。その奔放で気の強い性格が、ミカエラの存在で際立つ。そしてホセの恋敵となるエスカミーリョがいるから、負け犬としてのホセの弱さや屈折した思いがくっきり浮かび上がってくる…。
オペラの主人公は、ただ登場するだけでは存在感や内面をアピールできません。
それぞれのキャラクターと好対照をなす脇役がいて初めてそれがアピールできる。
「カルメン」の台本を書いたアレヴィとメイヤックはそのことが良く分かっていました。

だからカルメンとホセはもちろん重要ですが、エスカミーリョとミカエラ2人がしっかり描ける歌手が演じないと観客にとってはどこか満足いかないこともあるのです。

脇役の重要性をしみじみ感じるオペラ。
それが「カルメン」です。

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ところで3月に私もイタリア人メッゾを招いてオペラものコンサートをプロデュース&司会します。皆様ぜひご来場ください!本物のイタリアを感じる空間です。
詳しくはこちら⇒ http://p.tl/rFGO

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