映画・テレビ

2013年3月16日 (土)

パリ・オペラ座ライブビューイング「カルメン」

オペラのライブビューイングといえばMET(メトロポリタン歌劇場)が有名ですが、最近はヨーロッパの劇場も始めました。
パリ・オペラ座のライブビューイング。2012~13シーズンははオペラとバレエの8作品が予定されています。6月公開「カルメン」の試写会に行きました。

パリ・オペラ座へようこそ~第2作~
ビゼー「カルメン」 パリ・オペラ座(バスティーユ)2012年12月13日上演

 

 

指揮: フィリップ・ジョルダン
演出: イヴ・ボネーヌ

 

カルメン: アンア・カテリーナ・アントナッチ
ドン・ホセ: ニコライ・シューコフ
ミカエラ: ゲニア・キューマイヤー
エスカミーリョ: リュドヴィック・テジエ
スニガ中尉: フランソワ・リス

 

パリ・オペラ座管弦楽団・合唱団
オー=ド=セーヌ聖歌隊、パリ・オペラ座児童合唱団

 

パリのオペラ座で「カルメン」上演するのは10年ぶりだそうです。
フランスオペラの代表作ですからね、しょっちゅう上演している印象がありますがそうでもない。あまりに有名すぎてオペラ座で「カルメン」やるのはかえって難しいのかもしれません。
少なくとも演出は大変でしょうね。並みの「カルメン」じゃ、満足されそうにないものね。

今回の演出担当のイヴ・ボネーヌは、そのあたりを考えたうえで新しいカルメン像を創ろうとしています。
まず気づくのが、時代設定。おそらくフランコ政権時の1960年代をイメージしています。観る者に時代は感じさせますが、現代とそんなに遠くない時代です。このことで「昔話」ではなく、今を生きる人にも共感しやすい雰囲気が設定されている。
そしてカルメンは「見るからにジプシー」ではなく、金髪のマダム風。これが斬新。
情熱的で自由奔放に生きるカルメン像はある程度持っていますが、一般的なカルメンのようにエスカミーリョ出現以降にホセを毛嫌い一辺倒になる…感じがあまりない。
「あたしは自由に、思いのままに生きたい」という意思は持っているものの、どこかホセに対する思いも引きずっている…。そんな雰囲気が濃厚です。

ラストシーンは普通はホセがナイフでカルメンを刺すのが一般的演出ですが、今回はホセがトランクから出した古めかしいドレスをカルメンに着せ、カルメンはそれに大して抵抗もしないままドレスの裾で絞殺されるというもの。
ホセの意思を受け入れて、覚悟の上で殺されるのを受け入れるカルメンなのです。

このあたりは好き嫌いの分かれる部分でしょう。
しかし演出のボネーヌは、従来のカルメン像をそのまま踏襲しないで新たな性格描写にトライしています。「今回のカルメンは女性にウケルのを狙った」とボネーヌが話していましたが、ホセとエスカミーリョの間で微妙に揺れる心理を前面に出すカルメンを感じながら観るのも面白いです。

セットも3幕を通じて背景は同じ。大きな倉庫前のような広い空間が「タバコ工場の前」だったり「山の密輸団の集合地」だったり「闘牛場近くの広場」に変わります。群衆の動きや使い方もあれこれ工夫されていて興味深い。3幕の闘牛士の入場シーンも大がかりな仮装行列のような趣。洒落たセンスです。

セリフのみの芝居部分も演じながらのオペラ・コミークの面白さが味わえるのも、この上演の特色。演劇としての面白さも実感できます。ホセ役のシューコフはワグナーも歌いますからドラマティックな表現が得意。ラストシーンの狂気のホセの演技は出色です。

METのライブビューイングのように歌手や演出家へのインタビューもありますが、幕間ではなく事前の収録。上演中のカメラワークもアップやパーンなどは使わずやや引き気味の映像を多く使うオーソドックスな画面構成です。エンタテインメントというよりは記録映画のような雰囲気が強い。まさに、ハリウッド映画とフランス映画と言っても良いかな。おなじライブビューイングでも明らかに違いを感じました。これこそ、その国や劇場の持つ空気の違いなのでしょう。客席の反応もMETとは違うのがスクリーンから伝わってきますよ。

METと同じようなインタビューも良いですが、せっかくガルニエ宮のような美しい建築の劇場があるのですから、その細部案内のような映像を見せるのも「パリ・オペラ座」ならではの魅力になる……なんて思うのはパリ好きの日本人だけかな?

映画館でオペラを鑑賞する世界も「見比べる」のが可能になってきたのは嬉しいことです。
ちなみにこの後のオペラのラインナップはオッフェンバック「ホフマン物語」、ヴェルディ「ファルスタッフ」、フンパーディンク「ヘンゼルとグレーテル」、ポンキエッリ「ジョコンダ」と続きます。

パリ・オペラ座 ライブビューイング「カルメン」は6月7日(金)~13日(木)までTOHOシネマズみゆき座、TOHOシネマズ六本木ヒルズで上映。チケット3500円。
 

 

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2012年12月25日 (火)

映画「レ・ミゼラブル」

先週末からロードショウの映画「レ・ミゼラブル」を観に行ってきました。
クリスマスの祝日とあって映画館は若いカップルで満員!
私の座席の右も左もカップルでしたが、どっちも映画の途中で女性が感極まって泣いておりました。
なかなかに見ごたえのある内容でしたよ。

「レ・ミゼラブル」
原作:ヴィクトル・ユゴー
監督:トム・フーパー
作:アラン・リーブル、 クロード=ミシェル・シェーンベルク
作曲:クロード=ミシェル・シェーンブルク

ジャン・バルジャン: ヒュー・ジャックマン
ジャベール: ラッセル・クロウ
フォンテーヌ: アン・ハサウェイ
コゼット: アマンダ・セイフライド
マリウス: エディ・レッドメイン
マダム・テナルディエ: ヘレナ・ボナム=カーター
テナルディエ: サシャ・バロン・コーエン
エポニーヌ: サマンサ・バークス
ミリエル司教: コルム・ウィルキンソン

2012年イギリス映画 2時間38分

ロングランを続けるミュージカルの名作「レ・ミゼラブル」の映画版。
ミュージカル映画は歌は良いけど芝居の部分が嘘っぽかったり、軽いことが多くて、
今回はどうなのかな?という気分で観に行きましたが、どっこい映画が始ったら一気に引き込まれてしまい。あっという間の2時間半余。見ごたえ十分でした。

飢えた妹の子供のためにパンを盗んで19年も服役したジャン・バルジャン。
仮釈放になったものの、身分証には「危険人物」の記述があり、世間は冷たい目で受け入れてくれない。倒れ込んだ教会でミリエル司教の好意を受けたものの銀の食器を盗んで捕まるジャン・バルジャンが教会に連行されると、驚くべきことに司教は「その食器は私が与えたもの。これも差し上げるつもりだった」と銀の燭台まで与えてくれた。
本当の真心に接したジャン・バルジャンは身も心も生まれ変わってまっとうな人間になると誓い、身分証を破り捨てて新たな人生を生き始めますが、刑務所時代から彼を監視していたジャベールはジャン・バルジャンを執拗に追いかけ逮捕することに執念を燃やしていた……。
ここから始まるジャン・バルジャンの波乱万丈の物語。彼だけではありません。彼を取り巻く人間たちの激動の愛の物語が綴られていきます。

物語の構成と流れに、大きな穴や矛盾がありません。
20年近い時間の流れと物語の変化が自然に繋がってゆく。基本的にジャン・バルジャンの逃亡劇ではありますが、彼にかかわる人間の愛のドラマがこれまた絶妙に変化してゆくのです。縦軸にジャン・バルジャンと追うジャベール、横軸にはジャンと関わる人々のいくつかの愛の物語…。台本と脚本が実によくできています。

脚本といってもセリフはほんの僅かで、全編が歌で構成されているといっても良いつくり。
「レ・ミゼラブル」おなじみの歌が流れています。

しかも、今回は俳優陣が演技しながら生で歌っているのが凄い!
リアルな感情表現と演技、そして心の表現である歌が見事に一致しているのは素晴らしいです。
これまでのミュージカル映画だと、撮影前にスタジオ録音した歌にロケでは口パクで演技するのが当たり前でしたが、この「レ・ミゼラブル」は違う。全員が演技しながら歌ってます。いい意味で「生々しさ」にあふれていて、歌が訴える力が格段に大きい。
ミュージカルだけどオペラのような感激が味わえます。その歌が心に沁みることと言ったらありません。

音楽監督のS・ブルッカーはこう語っています。
「間違いなくライヴで歌うというのは正しい選択だった。俳優たちに、歌詞の言葉に感情をつなげる機会を与えたのだから」
出演者は毎日、撮影前にボーカル・コーチのサポートを受けてからロケに臨んだそうです。小さなイヤホンをつけて、セットにいるピアニストの生演奏が耳に流れる仕組みになっていたとのこと。ピアニストはモニターで彼らの演技を見ながら演奏するので、俳優たちは演技や動きでメロディやテンポを変化させたり希望を伝えられたそうです。
歌はピアノ伴奏抜きで録音され、後日彼らの歌にピッタリ合うオーケストラ伴奏が付けられてスクリーンで流れているというわけです。

この画期的な撮影方法は監督のトム・フーパーが思いついたもの。彼はアカデミー賞映画「英国王のスピーチ」の監督ですね。

「考えれば考えるほど、この作品を成功させるカギとなるのは、キャストに生で歌わせることだと確信した。ミュージカル映画は往々にして、どうも真実味や説得力に欠けるというか、非現実的な要素があると思うんだが、そういった違和感が、登場人物たちが歌いだすことそのものから来るのか、はたまた録音済みの歌に口パクで合わせているのが原因なのかって考えていたんだ。生で歌うことで、ミュージカル映画のジャンルに革命を起こすことができるのではないかという結論に達して、ヒュー・ジャックマン<注:ジャン・バルジャン役の俳優>とテスト撮影したんだが、その出来栄えの素晴らしさには、自分でも正直驚いたよ」

全くその通りで、この映画が9割以上歌で構成されていても、見る者に何の違和感もなく、それどころか得難い感動を味わえるのは、実際に歌いながら演技しているからでしょう。
この映画ではセリフ=歌の理想的な条件が整っていたのです。
その意味でまさにオペラ映画といっても良いですね。

とにかく圧倒的な説得力と感激!

歌と演技の「幸せな結婚」と呼ぶべき映画「レ・ミゼラブル」。
2時間半を超える大作ですが、全然長さを感じさせません。
オペラフリークの私も、大いに楽しみ、考えさせられた佳品です。

これは見て損はしない映画ですよ。

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2012年5月 7日 (月)

『すべての風呂はローマに通ず』…「テルマエ・ロマエ」鑑賞記

私、不覚にもこんなに大人気の漫画が原作だとは知りませんでした。
古代ローマ人を阿部寛が演じる?どんな映画じゃ???…
イタリア好きとしては一応観ておくかな?…
この程度の興味で行ったところが、実に面白かった!!
「テルマエ・ロマエ」とはラテン語で「ローマの浴場」という意味です。

テルマエ・ロマエ

原作: ヤマザキマリ
監督: 竹内英樹
脚本: 武藤将吾
美術: 原田満生
音楽: 住友紀人

ルシウス: 阿部寛
ハドリアヌス: 市村正親
ケイオニウス: 北村一樹
アントニヌス: 宍戸開
マルクス: 勝矢
山越真美: 上戸彩
山越修造: 笹野高史
館野: 竹内力
山越由美: キムラ緑子

108分 製作:フジテレビ 東宝 電通 エンターブレイン

原作の漫画はシリーズ累計500万部突破という大人気作品。
主人公は古代ローマ人・ルシウス。ローマの公衆浴場を設計する技師ですが、生真面目な性格が災いして失職してしまう。失意の彼がローマの浴場で溺れてしまい、タイムスリップするのは現代日本の銭湯。さまざまな創意工夫に満ちた銭湯に驚愕するやら感動するやらのルシウスは、ローマ時代と現代日本の風呂を行き来して、そのアイデアを古代ローマに活用することで名誉を挽回し、皇帝ハドリアヌスの信を得るまでになる。
ルシウスが現代日本の風呂現場にタイムスリップするたびに居合わせるのが山越真美。
漫画家希望の夢破れ、就職先でも上手くゆかず、実家の温泉宿も経営難…。
しかし、何度も風呂現場で出会ったルシウスが忘れられず、ついに古代ローマへ彼女もタイムスリップすることに…。
やがて2人は大きな歴史の運命に関わる事態に発展してゆく……。

…というのがあらすじ。

日本有数の「濃い顔」俳優が集合。ルシウスの阿部寛、ハドリアヌス帝の市村正親、アントニヌスの宍戸開…。古代ローマ人を大真面目に演じているのが良いです。
コミカルな物語だからといって、ヘンに笑わせようとしていない「真面目さ」が面白いのですね。この映画の大事なポイントはそこです。
真面目に演じれば演じるほど、観ている我々に面白さが伝わってきます。

歴史のかなたの古代ローマ帝国、かたやフツーの日本の人々。この2つが風呂というキーワードでつながると文化と歴史、風俗や心情を比較しながら大いに楽しめるエンタテインメントに仕上がるというわけです。

原作者のヤマザキマリさん、フィレンツェの美術学校で絵の勉強したんですね。
単行本見てもその絵からはイタリアが感じられます。
古代ローマのシーンでは、ローマのチネチッタスタジオにある古代ローマの街並みを再現したオープンセットに1000人のエキストラを動員してのロケも敢行しただけあって、なかなかの迫力。いっぱいイタリア人もでてきます。
かたや日本の風呂現場は東京の銭湯や地方の温泉。伊豆・熱川のバナナワニ園も重要な場面。

それにしても古代ローマ人って風呂好きだったんですね。
なんだかえらく親近感湧いてきました。
それと同時に、発想の柔軟さで結びつければ、異なるテーマも実に面白いものに融合するのに感動しました。
お固い西洋古代史が現代の我々にとって最高のエンタテインメントになるとは!
しかも古代ローマ人演じるのが日本人だなんて。
このセンスが、クラシック音楽界にも必要なんだよなぁ。

あと、映画のとくに後半でイタリア・オペラの名曲がガンガン使われて効果的です。
「アイーダ」「トスカ」「蝶々夫人」…いつもは劇場で聴く曲が、風呂と関係するドラマでも心地よく鳴り響くとはね。
監督の武内さんは「のだめカンタービレ」の映画も手掛けていますから、音楽にもこだわったというのは納得。
ルシウスがタイムスリップする時は、なんとドミンゴが歌うアリアが使われております。
映画スタッフは断られるのを覚悟してドミンゴにオファーしたそうですが、古代ローマと日本の文化比較論という映画のテーマに興味を示したドミンゴからOKが出たそうです。

現代日本の銭湯に感動したルシウスが、古代ローマの公衆浴場に富士山ならぬベスビオス火山の画を描いたり、風呂桶やフルーツ牛乳を売ったり、まぁホントに笑っちゃうのですが、風呂を楽しむ発想の豊かさはわれら日本人、世界中で一番でしょうね。
そのことをあらためて実感するとともに、映画を観終わってゆったり風呂につかりたくなりましたよ、オペラ聴きながらね。

古代ローマじゃなくていいから、ロッシーニのいる頃のローマにタイムスリップしたいものです…。

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2012年4月14日 (土)

サイレント映画「アーティスト」

第84回アカデミー賞で5部門(作品・監督・主演男優・衣装デザイン・作曲)に輝いた話題のサイレント映画「アーティスト」を観てきました。
まさに温故知新の面白さでした。

「アーティスト」  THE ARTIST

ジョージ・ヴァレンティン(無声映画のスター俳優): ジャン・デュジャルダン
ペピー・ミラー(映画の人気女優を夢見る娘): ベレニス・ベジョ
アル・ジマー(映画製作プロダクションの社長): ジョン・グッドマン
クリフトン(ジョージのお抱え運転手): ジェームズ・クロムウェル
ドリス(ジョージの妻): ペネロープ・アン・ミラー
コンスタンス(映画女優): ミッシー・パイル
犬(ジョージの愛犬): アギー

監督・脚本・編集: ミシェル・アザナヴィシス
衣装: マーク・ブリッジス
音楽: ルドヴィック・ブールス
2011年フランス映画  101分 日本語字幕: 寺尾次郎

昔のハリウッドが舞台の物語。撮影もハリウッドで行ったのに監督も主演もフランス人。そう、この作品はれっきとしたフランス映画なのですよ。
でも、往年のハリウッドを中心としたサイレント映画を実によく研究し尽くしていて、サイレントの持つ魅力をたっぷり楽しめます。

【あらすじ】
ハリウッド1927年。大恐慌直前のアメリカ映画は無声映画最後の輝きの時期である。
映画界きっての大スター、ジョージはひょんなことから明日の映画スターを夢見るペピーと知り合う。笑顔とダンスを売り物にジョージ主演映画のエキストラとなったペピーは、撮影後に憧れの彼の楽屋を訪ね、「女優をめざすなら目立った特徴がないといけない」とアイライナーで付けぼくろを描く。それからペピーはあれよあれよとスター街道まっしぐら。
ちょうどその頃トーキー映画が導入されて人気が高まっていく。

あくまでサイレント映画にこだわるジョージは映画会社と決別し、自分で監督・主演する映画を製作するが大コケ。妻とも不仲になり経済的にも苦しくなる。心配したペピーがやって来ても追い返してしまう始末。
時が経ち、ペピーは人気女優となるが常にジョージを気にかけている。とうとう妻と別れたジョージは長年のお抱え運転手の給料も払えないほど追いつめられ、ついに自分の思い出の品々をオークションで売りさばいてしまう。数少ない入札者の中にペピーの指示ですべてを買っていく執事がいたことも知らず……。

苦しい日々を酒におぼれて過ごすジョージ。満員の映画館でペピーの主演映画を観て心から笑う彼の中にも、ペピーを忘れられない気持ちがあるが、今や二人の地位は大逆転していた。
自分に絶望したジョージは、とうとう最後に残った自分が主演した映画フィルムをぶちまけ、火を放つ。愛犬アギーのおかげで命拾いしたジョージをペピーが自分の屋敷で介抱するものの、彼はなかなか素直な気持ちになれず、絶望から抜け出せない。
屋敷から抜け出したジョージは焼け残った自宅に戻り、自らの命を断とうする。

愛するジョージを助けたい一心のペピーは必死になって、彼の自宅に向かうのだった。ジョージを映画で復活させるアイデアを胸に秘めて……。

いまやサイレント映画を実際に観たことのある人もずいぶん少なくなりました。
だから、この映画をサイレント映画と比較して観るというより、「新しい表現法」として受け止める世代もいるのではないでしょうか。
私はチャップリンの「街の灯」が大好きで、何度も観ては涙しましたので、そのあたりを比較しながら観ました。アザナヴィシウス監督は本当にサイレントを入念に研究したようです。
その作法やルールを出演者も良く理解して演技しています。昔のサイレント映画より字幕が出てくる回数は少ないんじゃないでしょうか。それだけ出演者が表現している技術も高いですし、構成や物語が良くできていますね。

演技でいえば、言葉がない分大きく演技する部分(表情を含めて)と自然に演技する部分の使い分けが素晴らしい。トーキーと違って声がないから会話や心情を観客が自分で膨らませて行くのがサイレントの特色でしょう。それを呼び起こす演技が出演者全員とても美味いと感心しました。
ペピーが憧れの大スター、ジョージの楽屋を訪ねて、誰もいない部屋でハンガーにかかっている燕尾服に袖を通し、一人ラブシーンを演じる場面など最高!
ジョージ役のデュジャルダンもコミカルで楽しい場面の表情から、フッとシリアスな表情への切り替えが上手で、このあたりはチャップリンのメリハリにも似たものを感じましたね。

ストーリーがシンプルなのもGood!
恋愛劇で山あり谷ありの展開、ドキッとさせたりホロリとさせながら進んでいって、最後に大きな山場。そしてスッキリする結末。
これです。様々な仕掛けや映像技術がすすんだ現代映画にはない、シンプルなつくり。
それが観る人々をグイグイ引き込んでいく原動力なのを実感しました。

ジョージとペピーのタップダンスも見ものです。
特訓して撮影に臨んだそうです。やっぱりちゃんとした芸は抜群に人を惹きつけますね。
チャップリンの「街の灯」では、盲目の少女を支えた主人公(チャップリン)が、今では目が見えるようになって花屋で働くヒロインとラストシーンで手が触れた感触で、ヒロインが「あなたでしたの?」と恩人のチャップリンに気づく…という、いつ見ても泣いてしまう感動の結末。この「アーティスト」では、全く対照的にヒロインが主人公を救う結末ですが、そこにこのタップダンスが生きています。この爽快感!!

全編に流れていく音楽がまた美しい。
音楽担当のルドヴィック・ブールスは映画の中で、あるメロディをメインテーマにしていて、それを様々に変奏させることでジョージの人生の変化を表しています。それが映画冒頭の序曲のような部分にも出てくるのは、オペラの手法と同じです。
サントラ盤CDも発売されているので、聴き比べると面白いでしょう。

構想10年を経て、サイレント映画を現代に問うたアザナヴィシウス監督はプログラムに掲載されたオンタビューでこんな風に語っています。
「現代人は、サイレント映画に対して偏見を持っている。つまらないに違いない、退屈に違いないと思い込んでいる。でもチャーリー・チャップリンは、決して退屈じゃなかったよね。確かにサイレントは、現代映画とは違うフォーマットだ。だが、違っているからといってつまらないということにはならない。サイレントの中には、メロドラマも、コメディも、アクションも、すべてのジャンルがある。傑作はたくさんある」

…クラシック音楽にも同じ事が言える気がしますなぁ…。

犬のアギーの「演技」は心憎いばかり。
これにも秘密があったそうですが、それもプログラムの中で監督が披露してます。

とにかく、古い手法に現代感覚もちゃんと入れて、観る者を楽しませてくれる一級のエンタテインメント。観ておいて損はありません。

心が元気になります。

 

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2012年3月26日 (月)

「鉄の女の涙」

去年出演した某民放のクイズ番組で、私はサッチャー元首相のニックネーム「鉄の○○○」(○にひらがなを入れて完成させる)というのが分からず、大恥をかきました。
彼女のことをすっかり忘れていたわけではないのに、やはり年月が過ぎるとどこか印象が薄れていたのかもしれません。

そんなイギリス元首相、マーガレット・サッチャーを名優メリル・ストリープが演じた映画「アイアン・レディ」を観てきました。

The Iron Lady
監督:フィリダ・ロイド
脚本:アビ・モーガン

マーガレット・サッチャー:メリル・ストリープ
デニス・サッチャー(夫):ジム・ブロードベント
キャロル・サッチャー(娘):オリヴィア・コールマン
若き日のM・サッチャー:アレキサンドラ・ローチ
若き日のデニス:ハリー・ロイド

2011年イギリス映画 105分 字幕翻訳:戸田奈津子

老いたサッチャーが街のスーパーで買い物をするシーンから始まります。
もう、ここから釘付け。M・ストリープの老けぶりとクイーンズイングリッシュ…まぎれもないサッチャーだ!しかし、彼女は認知症の兆候が現れていて、死んだはずの夫デニスと生活しているかのような感覚にとらわれています。
今も夫婦生活を続けているかのようなデニスとの会話と現実、そしてその会話がきっかけとなってサッチャーの青春時代から結婚、政治家生活、首相就任、11年のわたる在任中のエピソードが展開する。このあたりの構成は心憎いばかり。

単なる回想録ではなく、政治物語でもなく、一人の女性が確実に生きてきた日々をヴィヴィッドに描いております。もちろん保守党の政治家が首相に上り詰めるストーリーは重要ですが、その過程での生い立ちやデニスとの夫婦のやりとり、家族との共感と摩擦、それを回想する老いた彼女の心情…。このあたりの散りばめ方は観る者を飽きさせません。

サッチャーさんの演説独特の、あの特徴あるイントネーションやヘアスタイル、装いなども党首選に立候補する際の参謀たちによる練り上げられた作戦だったのも紹介されます。
アルゼンチンとのフォークランド紛争時の決断、IRAのテロとの対決、国民や野党との闘争にも似た接し方。政治家サッチャーとしての場面は数々出てきますが、ただの伝記映画や政治物語にならないのは、常に人間として、妻として、母としての視点で描かれているからです。
偉大な政治家でありながら、しかし人生は我々普通の人間と同じように老いてゆく…。
その事実が私たちを惹きつけます。

メリス・ストリープ。
やっぱり大した女優です。
サッチャーを演じるのではなく、自分がサッチャーとなり、観る者もサッチャーと同じ心境にしてくれます。喋り方がソックリというのも凄いが、それと同時にサッチャーさんがあのような喋り方やイントネーションになる前の「キンキンした声」まで研究し尽くして、演じているのには脱帽です。
くわえてその表情と動きのなんと多彩なこと。
40歳の頃から、年老いて不安にさいなまれるサッチャーまでを自在に表現する様子に、つくづく感動しました。

40年分のサッチャーの人生を演じるのは多いな挑戦でしたね?という問いに、メリル・ストリープはこう答えています。
「誰かの40年分の人生を演じるのは難しいことですが、私の年齢になると、常に気分は20歳なので、それほど大変なことではないんです。自分の中のある部分には、16歳、26歳、36歳、46歳、あるいは56歳の自分がまだいるように思える。だから、これまで経験してきたすべての年代の自分に近づくことができるんです。
年をとることの利点があるとしたら、まさにそれでしょうね。
素晴らしい体験でしたよ。
通常の作品ひとつの特定の時代が設定されますが、この作品では彼女の人生を丸ごと振り返るので、本当にワクワクしました」

そしてまた音楽が効果的に使われていました。

ミュージカル「王様と私」の「Shall we dance?」。
ベッリーニの歌劇「ノルマ」から「清き女神」。(これは若き日のデートの場面と首相辞任の場面の2か所で使われていました)
最後のシーンのバッハ「平均律クラヴィーア曲集第1巻」から「プレリュード ハ長調」

エンディングも大団円で終わるのではありません。
深い余韻を残すのでエンドスーパーまで、ジーッと座って最後まで味わってしまいます。

最近ハリウッドの映画って、どうもパッとしない印象があったのですが、やはり大女優が存在感ある主役を演じると納得する作品に仕上がりますね。

しっかりと「人間」が描かれた佳品です。

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2012年2月16日 (木)

5月公開の「ファウスト」

なんとも凄い映画です。
第68回ヴェネツィア国際映画祭でグランプリ≪金獅子賞≫に輝いた「ファウスト」。
試写会に行ってきました。

御存知ゲーテ原作の物語。
グノーのオペラにもなってますよね。この映画は監督のアレクサンドル・ソクーロフがゲーテの原作から自由に創造したという断り書きも冒頭に表示されます。
だから、オペラの「ファウスト」とは違う物語なのですが、ゲーテぼ原作のエッセンスはきちんと受け継いでいる内容でしょう。

「ファウスト」

監督:アレクサンドル・ソクーロフ
原案:ゲーテ
出演:ヨハネス・ツァイラー(ファウスト)
    
   アントン・アダシスキー(高利貸マウリツィウス)
   イゾルダ・ディシャウク(マルガレーテ)
   ゲオルグ・フリードリヒ(ファウストの助手ワーグナー)

≪あらすじ≫
19世紀のドイツのとある町。ファウスト博士は自分の研究室で「魂」の存在を探して人体解剖もしているが、目的はかなわない。
学識はあるが食えない生活の博士は人生の空しさを覚えるが、医者の父も助けてはくれない。「悪魔」と噂される高利貸しマウリツィウスに金の無心を頼みに行くが、彼は素直に貸してくれない。

ファウスト博士が助手に毒を頼んでおくと、そこにマウリツィウスが来訪して、その毒を飲んでしまうが、何故か平気なのに興味を覚えたファウストは、誘われるままに街の女が集まる洗濯場に行く。裸になって女たちと戯れるマウリツィウスの体は不気味な悪魔そのもの。しかしファウスト博士はそこで美しい娘マルガレーテと出会い、一目惚れする。
マウリツィウスに連れられて町の酒場に出掛けると、そこには寄った兵士の一団がいた。マウリツィウスの魔術で騒ぎが起こり、騒動の中ファウストは一人の兵士を刺殺してしまう。それがマルガレーテの兄だった。それを知り愕然とするファウスト。
葬儀に紛れ込みマルガレーテと会話するファウストだったが、マルガレーテの母に見つかってしまい、彼女は母親に罵倒される。
実はマルガレーテは母に愛を感じなくて悩んでいた。それを教会に懺悔に行くのだが、ファウストは聖職者のごとく優しく受け止めて慰める。ファウストに心を開いてゆくマルガレーテは、しかし、彼が兄殺しの犯人だと知らされショックを受ける。ついにはファウストの家に行き、直接それを問いただす。事実を告白したファウストはマルガレーテへの想いが抑え切れなくなり、マウリツィウスに一夜だけでいいから彼女とすごしたいと懇願。
するとマウリツィウスは1枚の契約書を差し出す。それは魂と引き換えに望みをかなえるというもの。
ファウストはその契約書に自分の指の血で署名するのだった…。

マルガレーテとの官能に身を震わすファウストだったが……

悪魔のメフィストフェレスが街の高利貸になっているのが面白い。
絶対的な存在としての悪魔というより、人間味も感じさせながらファウストを操るキャラが最高。そしてマルガレーテが19歳になろうかという若い女優ですが、その若さと清楚な雰囲気がファウストを夢中にさせるキャラクターとして、説得力があります。

画面もどこか中世的な暗さが漂う色彩で、場面によって特殊な角度で撮影しているようなこだわりがあります。

140分の大作。
ただし、オペラの「ファウスト」を期待して行くと、それは良い意味でも悪い意味でも裏切られます。普通の映画のように「わぁ、素敵!」とか、ストーリーの先が読めたり、予定調和的な展開は一切ありません。会話もどこか哲学的ですし、単純な恋愛物語としてのロマンティックな場面もありません。

まさにワーグナーの楽劇のように人を魅了する壮大なスケール。
想像力を駆使するのを要求する大胆で奇想天外なシーンがそこかしこにあって、そのソクーロフ監督の「魔術」に酔えるかどうかで評価が決まる映画という気がします。
1回だけ見てすべてを分かるのは、ちょいと難しい映画かもしれません。

魂を売ってマルガレーテとの思いを遂げたファウストが、マウリツィウスと共に歩むラストシーンは、凄い迫力。
「ファウスト」って悪魔にイニシアチブとられた哀れな雰囲気があると思っていましたが、いやいやどうして。ここのファウストの自信と確信に満ちた表情は格別です。

骨太でスケールでかくて、終わった後に「もう一度観たい」と思わせるこの映画。
デートで気軽に観る映画ではないけれど、ある程度人生を重ねた人なら夢中になってしまう「魔力」があります。

「ファウスト」 2012年5月 シネスイッチ銀座 ほか全国順次公開

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2012年2月 3日 (金)

「ミラノ、愛に生きる」

先日、渋谷のBunkamura ル・シネマに「ミラノ、愛に生きる」を見に行きました。
ミラノが舞台の愛の物語。衣装や料理も素敵…。
イタリア好きの私としては見なくちゃと思って行ったら、いやいやなかなか考えさせられる物語。皆さんは、もうご覧になりましたか?

≪ミラノの上流家庭に嫁いだロシア人エンマは、妻として、母としての役割を完璧にこなしていたが、思わぬ出会いによって女として目覚める≫ プログラムより

ヒロインのエンマを演じるのは2007年の「フィクサー」(ジョージ・クルーニー共演)でアカデミー賞を受賞した英国人女優ティルダ・スウィントン。私と同年代なのですが、「ロシア人」と言っても全く抵抗ない金髪と色白の肌が印象的。それに知性と教養が加わってますから、もう無敵の美しさです。

この種のストーリーだと、ヒロインが「行為」に走るまでに、いかに辛く苦しい日々があったかとか、我慢に我慢を重ねて堪忍袋の緒が切れて…なんて構成もあったりしますが、この映画に限ってはその種の押し付けがましい前段はありません。
むしろ淡々と日々生活する姿や家族との普通のやり取りがある中で、自然な出会いとして息子の友人と出会い、そして愛に落ちる過程が描かれる。
そこが印象的です。

映画を観ていて「おおっ!」と思うシーンがいくつかあって、その一つはエンマがリストランテに出かけて、シェフの料理に官能を目覚めさせられる場面。
それまで理知的な女性そのものだった彼女が、ここで初めて本能を目覚めさせられる美味と出会うところです。義母と、自分の息子のフィアンセといっしょに昼食に行ってあれこれ会話していて、その料理を口に含んだ途端、エンマの感覚が全開となって目覚める!といった感じです。
この場面でのエンマの表情といったらありません。
いままで抑えていた感情や理性の仮面を脱ぎ棄てて、人間の本能に目覚める瞬間を実に見事にティルダ・スゥイントンは演じています。

もうその先は料理を作ったシェフ(息子の友人なんですよ!)に逢いたい気持ちが抑えれれなくなるエンマ。
ちょうどよい口実があって、ミラノからサンレモへ行き、その市内で偶然シェフを見かけて、偶然を装って逢う場面など、まるで子供のような一途さと申しましょうか…。
エンマといっしょにドキドキしちゃいました。

降りそそぐ太陽の下、自然に情熱的なキスを交わすに至るのも、まことに自然に描かれていきます。

しばらくは秘密の逢瀬と家庭生活を繕っていたエンマですが、ついにそれが露見する時がやってくる。それも実の息子が気づくのです。それが思わぬ悲劇になってしまい…。

結末の詳細を語るのは、これから映画をご覧の方に失礼ですから控えます。
でも最後の場面で、ついにエンマが家を飛び出す時に、長年仕えてきた家政婦イダが意を決してエンマの荷造りをする場面があります。
突然エンマが自分の部屋に駆け込んでいくのですが、イダはすべてを予期していたかのように何の打ち合わせも相談もなかったのに、あ・うんの呼吸でエンマの荷造りをサポートし号泣する。長年エンマの生活と心模様を理解していたからこそのサポート。
いやぁ、不覚にもここで涙が出そうになりました。
演技力のある女優さんの底力ですね。

映画に出てくる料理が、これまた美味しそう!
エンマの着ている衣装がエレガンテ!
エンマを演じているティルダ・ウィンストンは本作を完成させるまで企画から11年かけたそうです。
言葉やカメラワーク、音楽などはヴィスコンティやヒッチコックの作品を入念に研究したようです。

それだけの価値あり。
美しくて、美味しそうで、官能的で、人生を考えさせてくれる…。

ヨーロッパ映画の素敵なテイストが凝縮されていました。

2月10日まで渋谷Bunkamura ル・シネマにて。

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2011年12月27日 (火)

映画オペラ「魔弾の射手」

来年3月に公開される映画「魔弾の射手」の試写会に行ってきました。
このオペラ、有名な割には日本で観る機会は少ない。「狩人の合唱」も知られていますが、どんな場面で歌われるのかは分からない人が多い。
物語を実感するには最適な映画です。演奏もバッチリでした。

カール・マリア・フォン・ウェーバー 作曲「魔弾の射手」≪スイス映画 ドイツ語 142分≫

監督:イェンス・ノイペルト
指揮:ダニエル・ハーディング

領主オットカール:フランツ・グルントヘーバー(Br)
森林官クーノー:ベンノ・ショルム(B)
クーノーの娘アガーテ:ユリアーネ・バンゼ(S)
アガーテの従妹エンヒェン:レグラ・ミューレマン
狩人マックス:ミヒャエル・ケーニヒ(T)
狩人カスパール:ミヒャエル・フォッレ(Br)
冨農キリアン:オラフ・ベーア(Br)
森の隠者:ルネ・パーペ(B)

ロンドン交響楽団
ベルリン放送合唱団

ウェーバーがこのオペラを書いたのは1810年~21年にかけてで、ドレスデンとその近郊の田舎だそうです。この映画はドレスデン生まれの映画監督・演出家のノイペルトがドイツ人歌手を集め、ドレスデン近郊でロケをしたもので、「魔弾の射手」のオリジナルな香りが濃厚に感じられます。オペラの時代設定は17世紀の30年戦争当時ですが、ノイペルト監督は、それを作品が書かれた19世紀の初め。つまりナポレオン戦争の頃に置き換えました。

「ナポレオン戦争で戦った二人の若者、マックスとカスパールは共にアガーテを愛する猟師。アガーテと相思相愛のマックスは彼女と結婚するために射撃大会で優勝しなければならない。最近スランプで自信を喪失しているマックスに、悪魔に魂を売ったカスパールが魔弾を使えとそそのかす。
誘惑に負けたマックスは魔弾を手に入れるが、7発目が悪魔の意のままになることを知らない。大会当日、領主からあの白い鳩を撃てと命じられ、マックスは意を決して魔弾を込め、白い鳩に狙いを定める。その時、アガーテが現れ「撃たないで!その鳩は私です!」と叫ぶが、声と同時に弾は発射され、アガーテは倒れるのだった…」

…というお話。
ドイツの森が美しい。19世紀初頭の衣装も時代を感じさせます。この物語がドイツの森の民のストーリーなのを心地よく実感させてくれます。
ドイツでは現在でも良く上演されるオペラですが、最近は極端な読み替え演出が多いから、ドイツ人が観ても納得のオリジナルの良さだと思います。

主人公マックス役のケーニヒは体格が良すぎて、青年というより「体の大きな落武者」ってな第一印象(笑)ではありますが、悩み葛藤するマックスの心情は巧みに歌っています。やっぱりオペラ歌手は歌いだした瞬間に、その役に「なりきる」ってことでしょうか。
アガーテ役のバンゼはモーツァルト歌いとして有名なソプラノ。派手な美人ではありませんが、それがまたアガーテのキャラクターと重なって好感度大。
有名なアリア「まどろみはどのようにやってきたのかしら~静かに、静かに」も清らかさが際立っておりました。
従妹のエンヒェンを歌うのは、2010年にコンセルヴァトワールを卒業したばかりの若いソプラノ、ミューレマン。この人が可憐です。若いからこその溌溂さと新鮮さを発揮。周りの共演陣がベテランぞろいなのでよけいに初々しさが目立って美しい。キャスティングの妙でしょう。

おなじみのルネ・パーペは物語の終わり近くになって登場。
小沢征爾さんみたいな白髪で、領主と村人たちの仲裁を朗々とした声で歌います。
まさに「一声千両」の存在感。

それにしてもウェーバーの音楽はドラマの本質的な部分を表現しているのだと、あらためて感心しました。登場人物の心情や場面の雰囲気を効果的にオーケストラで表現する場面がなんと多いこと。
マックスとカスパールが狼谷で魔弾を鋳造するシーンに流れる悪魔ザミュエルの不吉な和音は、現代の映画においても全く色あせずに聴く者の心を衝撃で染め上げます。
自然と超自然が交わる世界が醸し出す特別な感情を、ウェーバーは見事にオーケストラで響かせてくれます。
オペラの舞台だと視覚的なスケールの大きさがどうしても不足してしまう「魔弾の射手」も、映画で観れば深さも広がりも味わえる最高の物語です。

ノイベルト監督は「今回の作品は‘オペラの映画’ではなく、‘映画オペラ’なのだということです。その違いは、古いオペラの映画は劇場で聞こえるようにオペラの音を調和させていますが、私たちの今回作った‘映画オペラ’は耳にとっての3Dを目指しました。音と映像の3D的な合成なのです」と語っていますが、なるほど歌と音楽が実に自然に響いてきます。
まるで、その場で生で歌っているみたい。森の中にオーケストラがあって響いてくるような印象なのです。

この「魔弾の射手」は2012年3月10日から東京と大阪で3週間限定ロードショウ。
東京はヒューマントラストシネマ有楽町、大阪はシネ・リーブル梅田です。(ともにwww.ttcg.jp  参照)

視覚も音楽もおおいに満足できる「魔弾の射手」。オススメです!

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